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広島地方裁判所 昭和48年(ワ)886号 判決

原告

大林良香

右訴訟代理人

栗原淳

外一名

被告

藤原豊彦

右訴訟代理人

小中貞夫

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告は原告に対し一、九一四万三、〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年一二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

との判決ならびに仮執行の宣言

二、被告

主文同旨の判決

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、原告はもと別紙目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していたが、昭和四四年一月一一日被告に対し右土地のうち別紙目録二記載の部分(以下「本件土地部分」という。)を代金二〇万円で売り渡した。

二、仮に右売買における目的物が本件土地部分のみではなく本件土地全部であるとしても、原告は右売買の目的物の土地の面積が234.3平方メートルと思つていたところ、実はその一〇倍の2.343平方メートルにも及ぶ土地であつたもので、売買の目的物の数量について錯誤があり、右売買契約は無効である。

三、しかるに被告は本件土地全部につき昭和四四年一月一八日所有権移転登記を経由し、さらに昭和四六年一月七日本件土地を訴外真徳不動産株式会社に売り渡し、翌八日その旨の所有権移転登記を経由し、同訴外会社は本件土地を宅地として造成したうえ、これを数名に売り渡した。

四、本件土地の時価は少なくとも3.3平方メートル当り三万円である。

五、よつて原告は被告に対し本件土地ないし本件土地部分以外の本件土地の返還を求めるべきところ、被告の右債務は履行不能の状態であるから、損害賠償として、本件土地部分以外の本件土地の時価一、九一四万三、〇〇〇円または本件土地の時価二、一二七万円から前記売買代金二〇万円を差引いた二、一〇七万円のうち一、九一四万三、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年一二月一七日から民法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下略〉

理由

一原告はもと本件土地を所有していたが、原告主張の日に本件土地部分または本件土地全部を代金二〇万円で被告に売り渡したことは当事者間に争いがない。

二そこで右売買契約の目的物が本件土地部分か本件土地全部かにつき証拠を検討する。

成立に争いない甲第一号証(土地売買契約証書)には売買物件の表示として、広島県呉市焼山町字政畝八二九番地の二、山林234.3平方メートルと記載されているが、添付図面その他により本件土地のうちの右面積部分の位置を特定する記載は全くなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地の地積は約七〇坪と思い込んでいたので、被告から原告の山番をしている訴外勝本留吉を通じて本件土地売買の交渉があつたときに被告に承諾の返事をなし、所有権移転登記手続を委任した司法書士の訴外竹内明から電話で被告の支払つた代金を取りに来るように連絡があつた際、予ねてから同訴外人に原告所有地の登記済証等を預けていたため、同訴外人に被告に売つた土地の地番と地積を尋ねたところ、同訴外人は単位が平方メートルか反か字がよく読めないが、二百四十幾らと書いてあるようだといつて数字を読み上げてくれたので、価格からみて平方メートルだと思い前記土地売買契約証書(甲第一号証)に234.3平方メートルと記載したが、右訴外竹内は本件土地一筆全部につき所有権移転登記手続をしたことが認められ、証人藤原邦芳、同勝本留吉の各証言によれば、被告の父であり、代理人である訴外藤原邦芳は本件売買契約するに当り原告の父の代から山番をしていて原告の所有地については最も詳しい訴外勝本留吉に案内してもらつたのは本件土地の範囲であり、被告および代理人訴外藤原邦芳は右訴外勝本または原告から本件土地部分を現地または図面上において指示されたことはないこと、右勝本は本件売買契約締結前原告も右訴外藤原邦芳と同一範囲を案内していることが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果中の「訴外勝本に指示されたのは本件土地の傾斜地部分のみであつた」旨の供述は証人勝本留吉の証言に照らし容易に措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右事実によれば本件売買契約の目的物は本件土地部分のみではなく本件土地全部であつたと認められる。

三次に原告は本件土地の売買契約は錯誤により無効であると主張するので検討するに、前記認定のとおり原告は本件土地の地積がその一〇分の一であると考えて売買契約を締結したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば本件土地の売買契約はその要素に錯誤があり、無効であると認められる。

四ところで、被告は原告には重大な過失がある旨抗弁するので考察する。

前記認定のとおり原告は売る土地の範囲につき、訴外勝本留吉から現地で指示されながら注意して聞かず、訴外藤原邦芳に売買を承諾する旨返事をした際も同人から説明をよく聞かず、また訴外竹内朗に本件土地の地積を問合わせた時も本件土地の地積の記載がよく読めないといつており、しかも山林の地積は平方メートル未満の表示はされない筈であるのに、勝手に一人合点してそれ以上確かめもせずに取引きをなしたものであり、不動産の売主として前記錯誤につき重大な過失があると言わざるを得ず、原告はその無効を主張することができない。

五よつて、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (猪瀬俊雄)

別紙目録一、二〈省略〉

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